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「死んだらひとりになってしまう」と泣いた娘。

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「死んだらひとりになってしまう」と泣いた娘。

我が家の猫が死んだ時、娘はまだ小さかったので「死」については理解してなかった。
そのうち、3歳後半から4歳頃だったか、死んでしまうと一緒にいられなくなるということを意識しはじめた。
娘は、私や夫、猫が死んだ後、自分ひとりになってしまうと悲しげに泣くようになった時期があった。

娘はひとりっ子である。

私や夫は正直に話した。

「死んでしまうとお父さんもお母さんもここからはいなくなる。猫も先に死んでしまう。だけど、○○ちゃん(娘)は大きくなれば結婚して子供を生む。友達もいるし、ひとりぼっちにはならないよ」

娘は何度か話しを聞くうちに安心した。

親や娘より寿命の短い猫が先に死んでしまう可能性が高いのは仕方がない。
そして、娘が親が死ぬことによって悲しむことは自然なことでもある。
(もちろん、親子関係によれば違う感想をもつかもしれないが、我が家にとっての話しであるので、今回はそこまで話を広げない)

娘は親や猫みんな死んだ後、家で今の自分の姿でひとりっきりになっているイメージがあったのだと思う。
だけど、現実はそうではないはずだ。

友達はいるし、彼氏だってできるし、結婚して子供もできるだろうと思う。

ここで兄弟がいたとしても、一生兄弟だけとコミュニケーションをとってひとつ屋根の下で暮らす可能性なんて低い。

(ちなみに、娘はこのようにひとりぼっちになってしまうと泣いたことはあるものの、一度も兄弟姉妹がほしいと言ったことがない。
なぜかは、わからない。)

私は、家の中でひとりぼっちになっている娘のイメージを払拭したかったので、将来のイメージを話した。
彼女の中で、違うイメージが構築され、むやみやたらとひとりぼっちになって寂しく生きるのだというイメージは流されたと思う。

実際に娘が成長し、結婚する、しない、出産する、しないなどは彼女が決定することである。
そこは親はどうしようもない。
大人になったら、自分で決定していただきたいし、何かのせいにして言い訳しないような大人になればいいなと思う。
どんな運命をつかみ取るかどうかは自分しかできないことなのだから。
もし、独身で友人もいない生活になったとしても、それは自分自身が選び取ってきた結果。
そこで楽しめるか、そうでないかも自分自身が選び取ってきた結果。

人との関わりとは、幸せで楽しい部分もあるが、厄介な場合だってある。
特に結婚は切り離しにくい人間関係が生じてくる。義理の○○が出来上がる。
また、兄弟も結婚すればそこからも義理の○○という関係がどんどんつながっていくのだ。
良い関係を築くことができれば素晴らしいことだが、その逆の可能性もある。

家の中にひとりでいても、家の中だけが世界ではない。
友達と楽しむこともできるだろうし、家族のように密接な関係でないのでバランスのとれたコミュニケーションかもしれない。
動物と暮らすのもいいかもしれない。

私がもし独身だったら・・・と想像を巡らせる。
猫と一緒に暮らしているだろう。
仕事は正社員で続けているだろう。仕事や習い事を通じて彼氏や友達をつくっているだろう。
休日に予定がなければ、好きな趣味に没頭しているだろう。

いろんな生き方があるから、将来ひとりぼっちになるイメージは娘のような小さいうちに持つ必要はない。

私と夫はできるだけ長く生きたいと思っている。
娘が何か悩んでいたり相談してきたら、話を聞きたい。きちんと考え答えよう。
ただし、自分で最終は判断しなければならない。例え後悔が出てしまったとしても「自分が選んだのだ」と最終的には納得できるような人生を歩んでくれたらいいと願っている。